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【実は学校だからこそ学べるニッポンの性教育】part.1 滋賀県立高校教諭 清水美春先生

学校だからこそ学べる性教育とはどんなものか。みんなと一緒に受ける学びの意味とは。性教育は自分の”心”のままに”生”きるための学び

清水美春先生は滋賀県立高校の保健体育教諭として採用され、8年間勤務後青年海外協力隊のエイズ対策でケニア派遣された経験があり、現役の高校教諭でありながら外部講師として様々な角度から講演活動をされている。

どの分野で講演に行っても、本質的に伝えたい事は同じ。

「自分とは何者か。その自分が世界や他者とどう向き合うか。生徒達が探る時間にしてほしい」

本質的な事をどの窓から見せるかによって問いが変わる。

自分が伝えたい事がそのまま伝わる事を望んではいない。

自分が伝えたいと思っていた事が他者のフィルターを通して解釈が加わって違う伝わり方をすることに面白みを感じている。

日頃、講演依頼を受けるにあたり、学校にお願いしていることはできるだけ大人数ですること。ケニアでの活動で得た経験から同じ空間、同じ時間でみんなと一緒に共感、共有する事の素晴らしさを知っているから。

そしてもちろん事後アンケートは全員分もらうようにしている。

少数派の意見から学ぶ事も多く次の講演に生かしていっている。

大勢で講演、授業を受ける事により、生徒達には様々な発見をしてほしいという思いがある。

多様性が明らかになり、当事者意識が生まれ、違和感に気づく事ができる。

人と人との性交渉で広がる「HIV」と二人の関係性を問うアイテム「コンドーム」を性教育のツールとして使い、わかりやすい異文化「ケニア」の話を取り入れ自分とは違う価値観を感じてもらうようにしている。

性感染症の予防の話ももちろん取り入れる。

性の事を学んでも最後にどうするか考えるのは自分自身だということを伝える。

その理由は

大前提として他人の性なんて教育できない。他人のセックスはコントロールできない

受け取り方は様々であっていい。色んな手段を知った上で自分はどうしていくのかという事に向き合えるようになることを目指している。

お話の中で実際の講演内容を動画で見せてくれた。

体育館で大勢の生徒、教師を前にして行われた講演は素晴らしかった。

「エイズを通して性と生を考える講演会」

「性」は心のままに生きるという意味がある。そのように自分が生きていけているか

問いながら講演を聞くように促している。

他人との違いがあって当然。様々な価値観があって当然。

講演を受けて「もやもや」を感じたなら、その違和感を大切にするようにも話している。

コンドームを実際に手に取らせ、性感染症の大切さも伝えながら生徒達に色んな気付きを与えていく。

決して押しつけではなく、自分達で考えるきっかけを与える講演になっていた。

イベント後の清水先生の感想はこれからの性教育への希望が語られている。


今回は講義だけでなく、実際に高校で実施した講演動画(ダイジェスト版)を見ていただきました。

そこには、コンドームを指に付け合うペアワークをはじめ、スワヒリ語でのナンパ、性感染症拡大の疑似体験ワーク、セックスワーカーが正解のクイズ、好きな人との妄想タイムなどなど、笑顔で楽しんでいる生徒たちやそれを微笑ましく見守る先生方の様子が映っていました。

ご覧いただいた方にはわかってもらえると思いますが、私にとってのコンドームは講演のメインではなく性のライフスキルにおけるツールのひとつという認識に過ぎません。これを過激というならば、せっかく学べる場所があるのに正しい知識も方法も教えずに、彼らを社会に旅立たせることの方がよっぽど過激だと感じています。

もし参加していただいた日本の大人の皆さんが想像していた ‟性教育講演会の雰囲気“ と違ったのなら、その元々のイメージは何によって形づくられたものなのか、どんな印象をお持ちになったのか、一人ひとりにインタビューしたいくらい私にとっては興味の湧く機会となりました。

また、今回のイベントでは「同調圧力の有効活用」の可能性についてもお話しました。連日メディアが流すコロナ禍の新生活様式の影響で、今や無言の授業中ですらマスクを外す生徒は皆無です。誰にとっても「マナーを守れない人だとは絶対思われたくない」の優先順位がとても高いことがうかがえます。そのような環境の中で、まだまだ閉じられた学校という空間であるからこそ、性について同年代の仲間と一緒に学んだ知識や様式、多様性や違和感を共有した経験は、きっと10年後や20年後に“ニッポンの性教育”の‟普通”を変えていく基盤となると思います。今後も日本の学校教育ならではの有効で幸せなアプローチについて考え続けたいと思います。

今回は性教育分野の方々だけでなく、教員やメディアの方などにも多数参加していただきましたが、一般的にはまだ『性教育』という名のもつハードルの高さは否めません。『性教育』とは生殖器教育やセックス教育ではなく、自分の心のままに生きるために他者という異文化と何とか折り合いをつけていくスキルやNOと言える関係性の構築などが学べる『人間関係性教育』であることを発信し続けていくことの重要性にも気づかされました。

最後に、「学校では学べない○○」にあらがうべく、「実は…学校だからこそ…」と銘打ったイベントでしたが、尊敬する助産師の櫻井裕子先生のセッションと共に長時間に及んだ座談会での皆さんの好意的な反応から、もはや学校の枠とか性とか以前に、どこでも誰からでも何でも包括的に学べる社会の実現こそが理想であり、それが可能な時代が到来しているのでは、と希望が持てたことに深く感謝しています。貴重な機会をありがとうございました。


「皆と一緒にこんな講座を受けた」

「皆と一緒にこんな問いに向き合った」

学校だからこそ生み出せる”次世代”の”普通”

同調圧力の有効活用。

「性教育」は「人間関係性教育」とお話される清水先生の言葉にとても共感した。

未来の性教育。まだまだ展開が広がりそうだ。

(編集:unportalism education編集部)

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