連載企画「未来の先生インタビュー」:「選択肢を広げられるような教師になりたい」埼玉県の定時制高校教諭の菅原先生にインタビュー
埼玉県の定時制高校教諭の菅原慎吾先生にお話を伺いました。菅原先生は、非常勤講師の傍らICT活用コンサル業務の副業という特殊な経歴をもつ先生。そんな先生だからこそ見えてくるUNPORTALISMな教師のあり方とは。
教師になるきっかけ
Q.教員を志望したきっかけについて教えてください。
菅原先生 埼玉県の定時制高校へ通っていました。高校では商業科目を中心に学びました。商業科目は高校から全員が一斉に勉強をスタートすることになるので、頑張れば頑張るほど成績が上がり資格を取ることも出来ます。そんな商業に面白みを感じました。
はじめは就職をするために定時制高校へ入りましたが、勉強していくうちに商業に興味を持ち、「商業を教える」先生になりたいという気持ちが芽生え始めました。しかし、先生になるには就職という考えではダメで、大学に行かなければならないじゃないですか。そういうことも知らなかったので(笑)。先生になるために大学進学を目指し始めました。受験勉強をしていく中で、先生と関わる機会が増えてサポートをしていただいたので、より「先生になりたいな」という気持ちが高まりました。
「自分への挑戦」
菅原先生 自分は完全に教員に向いていない人間だと思っていて、今も少し思っていますが笑 逆に、向いていない仕事に対してどれだけ向き合えるか、自分への挑戦という意味でも教員を志望しました。
大学に受かったものの、もともと勉強が好きではないそんな自分が子どもたちに勉強を教えたり、教員として関わるのは無理だろうとも思っていました。しかし、せっかく大学で教育について学ぶ機会が巡ってきたのだから、諦めずにやってみようと思いました。大学に入ってからも、UNPORTALISM Educationの井波先生をはじめ沢山の素晴らしい先生たちに出会い、教員になりたい気持ちがさらに高まりました。
Q.関わっていただいた先生たちへの恩返しという気持ちもあったのですか?
菅原先生 そうですね。自分の境遇に似た子どもがいた際にサポートしていただいた先生のように立ち振る舞いたいです。教員採用試験に受かっていないので今も教員になるための過程っちゃ過程ですが。
教師になってからの仕事
Q.教師1年目に行っていた仕事について教えてください。
菅原先生 2つの学校の非常勤講師として授業を受け持っていました。馬鹿みたいに授業を持っちゃって(笑)。週23時間持っていて、授業だけに追われる日々でした。勤務した学校が簿記や情報処理をやりたいといって学校に来ている生徒が少なくて、自分自身は商業が好きだけど、商業に興味がなくて勉強に苦手意識がありモチベーションが低い子どもたちに対してどう授業をすればよいか悩みました。商業に対する高校生当時の自分自身の捉え方と子どもたちの捉え方のギャップ。心構えはしていたものの甘くないなと感じました。
Q.現在までに行ってきた取り組みについて教えてください。
菅原先生 授業がメインだったのですが非常勤講師4年やったのと、1年目に外部の研修で、ティーチャーズイニシアティブという団体の研修に参加しました。自分だけの能力や知識だけでは1年目で心が折れそうだったので(笑)。大学時代からティーチャーズイニシアティブの先生方と関りがあったので参加しやすかったというのがありますが、自分から外部に助けを求めていたのかなと思います。
「外に出て学ぶ価値」
菅原先生 ティーチャーズイニシアティブの研修は、長期の取り組みで、まず夏に合宿を行います。全国の先生たちや教育に関わる企業の方と2泊3日を過ごしながら教育の手法・教育的アプローチを学びます。合宿の後、集まった30~40人が4つのチームに分かれて、半年間チームごとに大学のゼミのような勉強会を繰り返します。最後にチームで行った勉強会の内容を踏まえてワークショップで発表します。これら研修を経て自分の受け持つ学校で実践を行います。専門家の先生や先輩の教員が多く勉強になるし、外に出て学ぶのは楽しいことなんだなと実感しました。この研修で得た人脈は大切なものになり、今も繋がっている人も多いですね。
Q.外に出て学ぶのは楽しいことなのですね。
菅原先生 一概には言えませんが、僕は合いましたね。
Q.この研修は自主的に参加するものなのですか?
菅原先生 そうですね。学校からではなく自主的に参加するものですね。自腹です(笑)。
研修自体あるということは知っていましたが、なかなか自分から外部へ研修に行くには抵抗がありました。しかし、ある時Facebookでつながっていた先生の投稿を見て、知り合いの人も参加しているみたいだと分かり参加してみようという気になりました。
非常勤講師×ICT活用コンサル2刀流
Q.非常勤講師の傍らICT活用コンサル業務をされていますがそれについて教え ください。
菅原先生 これは去年行っていました。実は、現在は講師ではなく教諭になったため副業ができなくなってしまいました。
ICT活用コンサル業務をやっているところは、ティーチャーズイニシアティブでつながった1人の先生の会社なんです。きっかけとしてはその先生からのお誘いです。ご縁やタイミングが重なり大学卒業後すぐに非常勤講師になってしまったのですが、大学時代、教師になる前に教育とは「別の仕事」をしてから教員になりたいなという思いがありました。そんな中せっかくお声かけをしてもらい、「あの時やりたかったことだな」と思ったので、教育関係ではありますが「別の仕事」として活動させてもらいました。
Q.どのような活動内容だったのですか?
菅原先生 基本的にひとつの学校に常駐して、週に1回窓口業務を行います。具体的には、担当している学校の生徒さんが持っているクロームブックのトラブル対応をしていました。去年はコロナの関係で週に2回オンラインで対応させてもらう時期もありました。生徒さんが壊してしまったクロームブックを業者に送る際の配送手続きなども行っていました。
配送の手続きは本来なら学校の先生が行っていたものですが、自分達が担当していました。担当した学校が生徒数の多い学校だったので、元々この仕事を教員がやっていたんだと思うと意味がある活動だったのかなと思います。今、立場が変わって振り返ってみると、専門家が週に1度でも外部からやってきてくれると助けになるかなと思います。1度学校をサポートする側にまわれたということは自分にとって大きな意味があるものでした。
Q.教員以外の仕事をしてみたからこそ気づけたことはありますか?
菅原先生 基本的に非常勤講師は授業だけしか担当できないから立場が弱く、学校業務に深く関われない性質があり、非常勤講師をやりたくてやっている人はいないだろうと自分は思っていました。しかし、講師をしながら別の仕事もできるというのは魅力的な働き方ではないかなと気づけました。待遇は大変かもしれませんが、2つ働くという働き方もあるので、仕事を1本にしないといけないという考え方はなくしてもいいかなと思いました。個人的に気分も切り替えられたし、自信がつきました。他の仕事もできるんだ自分っていう(笑)。
Q.非常勤講師にもう一度戻るとしたら再びICTコンサル業務をするのか、別の仕事をするのかどちらが良いですか?
菅原先生 是非戻れるなら、ICTコンサル業務に戻りたいですね。1年目ということで反省もあったし、担当した学校の先生たちとの関係作りがやっと築けたなと思ったところで、別のお話をいただいき、今は非常勤講師ではない立場で学校にいますが、2年目からが本番だったのかなと思います。代表がOKと言ってくれるならまた戻りたいという気持ちはあります(笑)。
他の仕事でもよいですが、学校の現場を知っている人がICT活用コンサルの仕事をやる意味がとてもあったので、向いていたかなと思います。自惚れですけど(笑)。
今後の目標
Q.今後の目標について教えてください。
菅原先生 副業など別の仕事もしながら教えられる人になりたいと思っています。その方が授業の厚みが違いますし、説得力が変わると感じているからです。
「何を言うかではなく、誰に言われるか」が生徒には関係してくるのかなと思います。僕は、少しでも別の視点を持っている方が授業や生徒と関わる時に助けになりました。
Q.非常勤講師1年目の学校の生徒たちは勉強に苦手意識を持っている子が多かったのではないかとおっしゃられていましたが、今そういった子どもたちに対してアプローチするとしたらどういうことを伝えたいですか?
菅原先生 彼らも今は高校生であっても何かしらの形で社会に出ていきます。勉強に苦手意識を持ち続けていると、かつての自分もそうだったように「僕には就職しかないんです」や「進学しかないんです」というように進路の選択肢を自分で狭めるような考えになってしまいますが、そうではなくて、勉強はつらいかもしれないかもしれないけれど「選択肢を広げるために」ということが言えたらよかったなと思います。ただ、1年目の自分がそれを言ったところで、高校生と年が近かったので響かないですよね(笑)。
Q.別の視点を持ってほしいということを伝えるためには、教師をしながら副業など子どもたちのためになるようなことをすれば説得力が増すということですね。
菅原先生 他の考え方もありだと思いますが、商業という教科の特性上僕はこのスタイルが合いました。商業は世の中に出た時に必要な考え方や能力になるのでなおさらですね。ちょっと特殊なんですよ(笑)。
理想はUNPORTALな教師
Q.菅原先生が思う「教師」とは?
菅原先生 先ほども述べた通り、選択肢を広げられたらなと思います。Aということに対して何の疑いもなく進んでいるのなら、「こういう道もあるんじゃないか」と言ってみて、それでもAだというのならその子の意志を尊重してあげたい。ただ、選択肢として知っておいてほしい。選択肢を提供できるような幅のある教師になりたい。教師はここまでしかできないんじゃないかな。
結局は本人次第。勉強を続けるのも就職するのも決めるのは結局本人だと思うので、ただ、自分で決めた道を進んだ後に「こんな道もあったのか」と後悔はしてほしくない。なので、教師ができる事は選択肢を広げてあげることなのかな。
Q.自分は教師になっていないので分からないのですが、自分で選択肢を絞ってしまう子どもたちは、周りから何を言われても聞き入れないのではないかなと思います。菅原先生ならそのような意見を取り入れない子ども達にどのようなアプローチをしますか?
菅原先生 「なんでこうしないの」よりも「どうしたいのか」という声掛けですね。
100%正しいとは思いませんが、「こうしなさい」とか「なんでこうしないの」と言うと、彼ら彼女らにも自分なりの考えがあって行動をとっている訳なので、ちょっとウザいかもしれませんが、「どうしたいの?」と言ってあげると意外と教師自身が考えていなかったことを言ったりするので、主張に沿ったできる限りのことがやってあげられるのかなと思います。「どうしたいの」と聞いても無視する人もいますが、根気強く聞いていくと結構言ってくれるようになります。言ってくれないと、エスパーじゃないからわかんないよって。意思を尊重する姿勢を見せたら今のところ口はきいてくれます(笑)。
菅原先生流 授業戦略
Q.インタビューをしていて、菅原先生の優しい雰囲気が感じ取れました。その優しさがあるからこそ生徒も先生と話したくなるのではないかなと思いました。そんな菅原先生が授業を行う上で先生なりの工夫はありますか?
菅原先生 うちの高校は特殊なのかもしれませんが、大学のようなシステムを取っています。在籍は4年までできるのですが、ある学年だけの授業というのがあまりなくて、自分が持っている授業は1年生~4年生が混ざり、チラホラ授業に来られない生徒たちもいます。なので、がっしり構成して授業を行うのではなく、授業に来ている子どもたちに向けて臨機応変に授業をしています。ライブ感を大事にしています。
例えば、分からない人がいれば「分かんない」といった反応を取ってくれて良いので、「無反応は困ります」といった声かけをします。「やめてくれ」と言うと強制感が強いけど「困ります」と言えば子ども達は基本的に優しいので、頷く・首をかしげるなどの反応を見せてくれるようになります。反応を見て、分からなさそうなところはもう一回説明して、それでも分からなければ、来週もう一度説明するというアプローチを取ったりします。
Q.自分が実際授業を受けてきて「無反応は困ります」というように自分の感情を話してくれる先生はあまりいなかったなと思います。こういったところが菅原先生らしさ(優しさ・話しやすさ)が出ていると思いました。
菅原先生 人によっては「弱さとか隙を見せるんじゃない」と言う先生もいるだろうけど、それは僕は無理だよって(笑)。ずっと気を張っている授業はしたくないです。舐められると授業にならないっていう経験をしているから、リラックスくらいがちょうどいいですね。
編集後記
今回のインタビューを通して、菅原先生のUNPORTALISMが見えてきました。キーワードは、「選択肢」。高校時代に商業に出会ってからずっと可能性の選択肢を広げ続けられている菅原先生。「結局は本人次第。子ども達に教師ができる事は選択肢を広げてあげることなのかな。」という言葉に先生の優しさと謙虚さを感じました。
そんな菅原先生、実は嵐の大ファン。中でも好きな曲は「素晴らしき世界」。歌詞の中にこのようなフレーズがあります。
「いくつもの夜の果てに今がある 明日も君が君でいられるための涙に祝福を!」
定時制の高校へやってくる生徒たちは様々な境遇で、自分で将来の自分の選択肢を狭めてしまいがちかもしれません。しかし、選択肢を提供してあげることで生徒たちが自分にとっての「素晴らしき世界」を見つけることにつながるのかもしれません。
(Unportalism Education 編集部 松岡広人)