連載企画「未来の先生インタビュー」:学びの『余白』~生徒と教師が共に創る教育とは?〜
オンラインでの取材中、画面越しに赤ちゃんの元気な泣き声が聞こえてくる。そのたびに「ごめんね、いつもこんな感じだから気にしないで!」と、今回の取材に終始笑顔で対応してくれたのは、かえつ有明中・高等学校の田中理紗先生(以下、理紗先生)。9年間の海外生活を経験している理紗先生は、同校のオリジナル科目・サイエンス科で生徒の思考力・表現力を育成するユニークな授業を展開している。
学生時代の海外生活、教師生活、そして子育てに奮闘する傍ら教師として生徒に向き合う現在。変化し続ける理紗先生の活動力は何か、お話を伺った。
目立たないほうが生きやすい日本
理紗先生が教育に興味を持ち始めたのは高校時代。小・中学校を海外で過ごしたのち、帰国生として初めて日本の高校に通った。
「今までの日本での経験から“目立たないほうが生きやすい”ということは知っていたけれど、『周りになじまないと!』と思わなければならない日本に堅苦しさを覚えました。」
特に疑問を持ったのが詰め込み型の英語の授業だという。
「日本の生徒は、私が知らなかった文法や単語までよく勉強していたことにとても驚きました。でもどうしてこんなに知っているのに英語を使えないのかが疑問で。それがきっかけで大学では教育学部に進学しました。」
理紗先生は大学卒業後すぐに現在の勤務先であるかえつ有明中・高等学校で働き始める。同校は当時稀であった帰国生受け入れのプログラムを開始したばかりであった。しかし当初は帰国生受け入れに対する意見が教員内でも大きく割れていた。
「職員室で『この学校に帰国生って本当に必要なの?』と言ってくる先生方もいて、当初はなかなか理解されませんでした。『まてまて、私も帰国生だぞ!』とよく思っていましたね。」
そう笑いながら振り返る。
“変わった子たち”が生きやすいように
自身が帰国生であったからこそ知っていた、学校で「変わった人たち」が生きていくことの大変さ。そこで理紗先生は、帰国生のために放課後の補習や学習会などを交えながら、英語だけでなく社会の多様な知識も学ぶことができる環境を整えていく。
「当時、多くの高校は帰国生であることをマイナスに捉えていました。だからこそ、彼らのバックグラウンドをプラスに捉えて活かすにはどうすれば良いか、たくさん考えました。」
当初は1、2人しかいなかった帰国子女も徐々に増えていき、かえつ有明中・高等学校には現在、全校生徒の35%もの帰国生が在籍する。
ひたすら、待つー『余白のある学び』とは
理紗先生は2014年から同校オリジナル科目・サイエンス科の担当を務めることになる。サイエンス科では生徒の思考力・表現力を育成するため、中学生は週に2コマ(高校生はプロジェクト科の名称で週に2~6コマ)でビジコン・お弁当の開発・チームビルディングなど様々なテーマに取り組んでいる。しかし当初のサイエンス科は、プレゼンや論文を作成するスキルトレーニングのみに留まっていた。その現状を変えるべく理紗先生は教員向けの外部研修プログラムに個人で参加したり勉強会に出席したり、次第に学校の外に目を向け始める。
その過程で苦労もたくさん経験したという。
「サイエンス科をできるだけ面白くして、生徒が楽しみながら学ぶことを大切にしていました。でも気が付けば『私が楽しませている』という気持ちになっていて、生徒も教員も自然と私に合わせるような状態になってしまって。この状況は誰も幸せにしていないですよね。当初はどうすればいいかわからなかったけれど、外部研修などに参加するうちに、その原因は私にあるのではないか?と考えるようになりました。」
そして立ち上げたのが「世界を変える0.1プロジェクト」であった。生徒自身が自由にテーマを設定して自由なスタイルで発表する。教員は生徒の伴走に徹した。すると次第に、教員の指示を待つだけでなく、生徒自ら学びたいテーマを発案したり、積極的に社会に出て学びを深めたり、学びのプロセスが変化したのでる。
「ときに学生も他の先生も私の指示を待っているかもしれないけれど、決してやる気がないわけではない。先生方にはほかの得意分野があって、私はアイディアを出して先に走る役割、それだけなのです。そのことに気が付いてから、自己完結してしまわないように、一人でやりすぎてしまわないように意識するようになりました。」
自ら全て動くのではなく、ひたすら待つ。するとみんなでプロジェクトを創り上げる余白ができる。ときに「何も言わずに待つ」というのは修行のようなものである。しかし信頼関係があるからこそ相手を待つことができる、それが理紗先生の「教育」に対する向き合い方であった。
生徒も教師も、ありのままでいられるように
教師としての仕事の傍ら、システム思考などの新しい学びを取り入れたり、新しいプロジェクトを作ったりしてきた理紗先生。現在は小さな子供を育てる母親としても多忙な日々を送っている。その行動力とエネルギーの源はどこにあるのだろう。
「ただただ、今必要だと思うことをやっていきたい。日本の教育の在り方が大きく変化しようとしている現代、私たちは大きな歯車のひとかけらにいます。じっくり考える人、考える前に行動を起こす人など様々な役割がある中で、どんどん新しいことに挑戦して先を走るのが私の仕事だと思っています。」
そして笑いながらこう続ける。
「『幸せ』ってありのままでいることができる状態だと思います。だから、生徒も教師もありのままでいることができる環境を作りたい。」
教師である自分自身も日々学び、変化し続ける。生徒も教師も幸せになるためにはどうすれば良いのか、教師生活の中でその問いに向き合い続ける理紗先生の想いや情熱を、少し垣間見ることができたような気がした。
〜編集後記〜
今回、理紗先生を取材して、幼少期から現在に至るまでの変化が印象的だった。帰国生である彼女が感じた教育に対する疑問、そして進んだ「教師」という道。教師生活の中で様々な課題に直面しては、自らの足で答えを探してユニークな教育を展開してきた。生徒は経験を重ねて確実に変化して社会に旅立ってゆくけれど、先生自身も生徒と向き合うことで日々学び、変化している。「学び」は変化の始点にある、そう感じる取材であった。
(Unportalism Education 編集部 井戸静星)