「教育の本質は夜間定時制にあった」森本裕子先生が行ったキャリア教育の話。
高校は、勉強する場所であると同時に将来を具体的に考える場所でもある。大学や専門学校などへの進学か、民間企業への就職か、はたまた他の道かの選択が迫られる。特に夜間定時制高校は多様な生徒が集まるため、生徒たちの希望進路もそれぞれだ。
そんな夜間定時制高校で、教務主任としてキャリア教育に主眼を置いたカリキュラムを設計し、様々な取り組みを行ったのが森本裕子先生だ。数々の挑戦と失敗を繰り返しながら、低学年から体系的に行うキャリア教育の重要性にたどり着き、その全体像を作り上げた。
なぜ、夜間定時制高校でキャリア教育に力を入れようと考えたのか、自身のキャリアの変遷を振り返りながら森本先生は語る。
「最初は私立高校で教員をしていました。大学4年間での塾講師の経験から年下の子と話すのが楽しいと感じて、ほぼ気まぐれで先生になりました。教育に対する信念など何もなかったですね(笑)。5年間、その学校で生徒たちに助けられながら様々な経験を積みました。また、先輩の先生からたくさんご指導いただいたこともあり、忍耐力がついて強くなった気がします。そのときの経験が教員生活の土台をつくってくれたと思っています。
2016年から埼玉県立高校教諭となり、夜間定時制高校に配属されました。1学年1クラス制で生徒の人数が少ないため、教員数も1ケタしかいない少人数。初任で、修学旅行学年の担任を持ちました。進路を見据えた指導をしようと4月当初から個別面談を繰り返すものの、まったく決まらず。特にクラスのやんちゃな生徒たちとウマが合わず、1年間苦戦しました。
卒業学年になっても、ギリギリまで進路を決められずにいる生徒が大半で、きちんと自分の進路と向き合おうとしない生徒も少なからずいました。2017年は初めての就職指導、初めての進路指導部、初めての進路指導主事という役職を訳分からぬまま担い、必死に進路指導をしました。生徒たちの将来を考え、真剣に向き合い、生徒たちの志望する会社には、全て足を運びました。そこで、初めて企業側の気持ちを知ることができ、とても勉強になりました。
そして2018年3月、初めて卒業生を出しました。全員卒業は難しいだろうと言われた学年を全員卒業させることができましたが、進路云々の前に、きちんと卒業させることの大変さを思い知らされました。また、一度進路を決めたのにも関わらず、自ら辞退してしまう生徒もおり、色々と考えさせられました。当時の進路先については、就職:進学:その他=3:1:2の割合だったと記憶しています。」
2018年4月からは引き続き進路指導主事を務め、進路指導の改善に着手した。その経緯について森本先生は語る。
「2年間の進路指導主事を経て、低学年からのキャリア教育がものすごく大切なんだとわかったんです。でも、そのためにはどうすればよいのか。いろいろ悩んだ結果、見えてきたのは『外部連携』でした。当時はまだ、『キャリア教育=卒業後の進路』という認識だったのですが、総合的な学習の時間を活用して外部連携授業を実践し続けた結果、生徒の顔つきが変わっていくのを目の当たりにし、『これだ!』と思いました。」
2019年度からは教務主任を務めながら進路指導部にも引き続き所属した森本先生。それからも今年度は「とりあえず外部連携してみよう!」という意識で様々な実践に取り組み、学校に新たな風を吹かせた。まわりの教員も今後も新たなことをやっていくという勢いが増し、今年度以降も引き続き外部連携をやっていこうと動きだしている。
「私自身も、大変多くのことを学ばせていただきました。様々な方からお話を伺っていく中で、『キャリア教育=生徒たちの生き方や考え方を良くしていくもの』という認識に変わりました。引き受けてくださった方々には感謝しかありません。おかげさまで、確実に『良い学校』になってきた実感があります。」
「〇〇さんに『△△△』って言われて勇気付けられた。」
「□□さんの言葉を聞いて、今になってあの時言われたことがよく理解できた。」
「どうせ自分なんて、さっさと死ぬ運命なんだと思ってたけど、頑張って生きようと思った。」
授業後の生徒アンケートに実際に書かれていた感想には、普段授業ノートも書かない生徒たちの字で埋まっていた。生徒一人ひとり感じることが違う。だから「ナナメの関係」で、多様な大人から様々なメッセージを伝えてもらうことが重要だと、森本先生は気づいた。
そして本当の意味での「低学年からのキャリア教育」の土壌を育み、2020年4月に森本先生は他校の全日制高校に異動となることが決まった。
生徒たちには、とにかく、これからの社会を生き抜く力を身に付けてほしい。日本の高校で、学校現場全体でのキャリア教育の充実をもっと図りたい。その思いが、森本先生の信念をさらに進化させている。
「関わってきた生徒たちのおかげで、変われました。気付けば、生徒たちに成長させてもらっていましたね。先生って何なんだろう、ある意味で生徒たちが先生ではないか、とこの4年間で、思うようになり、『生徒と共に学ぶ』という言葉の本当の意味が分かった気がします。また、『与えられた環境が人を成長させる』ということを身をもって実感しました。」
森本先生自身は、元々責任感があまりないタイプだったと語る。誰かがやってくれるだろうという甘えが常にあったそうだ。しかし、自分が動かなければ何も始まらないという状況の中、自分なりに考えて行動し、突っ走ってきたことでいつの間にか、責任感が芽生えていたという。
「これからはキャリア教育を教科指導でも意識的にできないかと考えています。特に、芸術分野とコラボできないかと。芸術分野こそ、生きる力そのものだなと思うんです。」
芸術とは、自己表現。
表現するために考える。
考えたものを表現するために判断する。
表現力、思考力、判断力、これらが一気に身に付くのが芸術。
森本先生はそう考えているのだ。
専門である理科の授業では、
『キーワードをイメージする力』
を付けさせようと試行錯誤中である。
教科指導力の向上にはもちろん手を抜かない。
学校が変わっても、教員としての使命は変わらない。
今までの経験を活かしながら、新天地で新たに出会う生徒たちに
社会を生き抜く力の育成に向けて全力を尽くすであろう森本先生の姿は
想像に難くない。
(UNPORTALISM Education 編集部)