生徒が主催するキャリア教育セミナー
先生が企画し、主催するキャリア教育ではない、生徒が本当に呼びたい人を呼んで自分達で作るキャリア教育。生徒達を巻き込むことによって得られたたくさんのこと。その様子のレポートが逸見峻介先生(埼玉県立高校教諭)から届いた。
■「生徒が主催するキャリア教育セミナー」
私の勤務校では、生徒が様々な人と関わり、自身の知的好奇心や興味・関心を広げ、進路選択のきっかけとすることを目的として「学校オリジナルのキャリア教育セミナー」を2005年度から実施しています。
ゲストを招いての講演や、生徒とともに行うフィールドワークなどが主な内容です。放課後に実施することが多いのですが、希望生徒のみを対象としているため毎回意欲のある生徒が参加するとても面白いセミナーです。
これまで大学教授やNPO代表、研究員、宇宙飛行士、プロウクレレプレーヤー、OB・OGなど様々な方をゲストとして実施してきました。
私も、教員2年目からこのセミナーの担当となり、7年間運営に関わってきました。2018年度までは教員が主にゲストを選び企画を実施していました。良い刺激になっていましたが、生徒はやや受け身だったので、本当の意味で「生徒が主体となるセミナー」には届いていませんでした。私も運営に関わる立場として、生徒がもっと主体的になるためにはどうすればいいのだろうと悩んでいました。
そこで担当の先生方と相談して本格的に「もっと生徒がチャレンジする機会にしよう!」と2019年度に方針を大きく転換しました。
生徒が「本当に呼びたい人」をゲストとして選び、「生徒がセミナーを主催する」形式に変えました。
年度当初に生徒にアンケートで呼びたいゲストと主催したいかどうかを聞き、出てきた意見を参考にして「本気で一緒に運営したい生徒」と企画を作っていく方針となりました。
実際にアンケートをとってみると、
「SNSで憧れていたアーティストを呼びたい!」
「小さい頃から憧れていたシャチのトレーナーを呼びたい!」
など意欲のある生徒が声をあげてくれたので、これらの生徒とともに企画作りを始めました。
「生徒が様々なことを学ぶ機会となってほしい」との願いから、基本的には最初のアポイントメントと事務的な手続き以外の大部分を主催する生徒に任せました。
任せた生徒は「自分にはこれができるのか」という不安と戦いながら、少しずつ準備を進めていました。事前の準備から始まり、先生方や生徒への広報、当日のアテンド、司会進行、座談会のファシリテーターなど様々な人の力を借りながら、主催生徒は真剣に取り組んでいました。
- ゲストに何をして欲しいのか
- なぜその人を呼ぶのか
- 次は何をするべきなのか
我々教員は主催生徒に対して、これらを問いかけながら準備に併走していきました。
今回、このセミナーを主催した生徒を2名紹介させて頂きます。
■世界で活躍するアーティストとコラボした「表現を探究するセミナー」
1人目は日本だけでなくアメリカやフランスなど世界各地のメディアでも取り上げられ、活躍しているアーティスト「チョーヒカルさん」をお呼びした女子生徒です。
チョーさんはボディペイントをすることでも有名で、様々な作品を世に送り出しています。
主催の彼女は幼い頃から「表現すること」に非常に興味を持っていましたが、SNSでチョーさんを知ると「なぜボディペイントという手段を取っているのか」、せっかくだから聞いてみたいと声をあげ立候補してくれました。
彼女は通話アプリを自分でダウンロードしゲストと隙間時間をぬって打ち合わせを行い、司会原稿を全て書いてゲストや担当教員からフィードバックをもらい改善を重ね、「ボディペイント体験をするワークショップ」をゲストと相談して共同開発をしました。
「ゲストの魅力を少しでも引き出したい」と自分で様々なことを考え試行錯誤していきました。
結果、セミナーにも多くの生徒が参加し、大成功に終わりました。
先生方からも大好評で「こんな才能があったなんてすごいね!」と褒められ、彼女もとても嬉しそうにしていました。
「生徒に任せることの可能性」を見た瞬間が、まさにここにありました。
■小さい頃から憧れていたシャチトレーナーとの念願のコラボレーション
2人目は鴨川シーワールドでシャチトレーナーとして活躍する「小松加苗さん」をお呼びした女子生徒です。
「憧れていたシャチトレーナーを呼びたい!」と立候補をした彼女は、自分もトレーナーになりたいと鴨川シーワールドに通い続け、そこで働いていた小松さんを小さい頃から見続けていました。
そこでセミナー主催者に立候補し、「せっかくの機会だから、ぜひ学校に呼んでみたい!」という熱い想いを実現することになりました。
主催した彼女は次のような様々なことを考え準備してきました。
- 自分はなぜシャチトレーナーになりたいのか
- なぜこのゲストを呼びたいのか
- どこが好きなのか
- どうやったらゲストの魅力が伝わるのか
当日も多くの生徒が参加し、小松さんのここまでのキャリアやシャチの魅力などの貴重な話を真剣に聞いていました。
主催した彼女も司会進行を一緒に行い、緊張しながらも堂々とセミナーをやり遂げました。
全員で記念写真を撮影した後、ツーショットで写真を嬉しそうに撮っていました。
この瞬間は私にとってもここまでの努力が1つの形となった忘れられない瞬間となりました。
■より生徒が主体となるセミナーを目指して
その他、このセミナーでNPO理事の方をお招きした例などもあります。
ゲストだけでなくフィールドワークとして中山道を日本橋まで歩く企画や、フードロスを他校の生徒や専門家と議論した「近未来ハイスクール」のイベント、教育について対話する「Edcamp」(エドキャンプ)への参加を行うなど、セミナーも進化を遂げています。
さらに近年では、「教員が主催するセミナー」も拡大版として同時に行っており、国語科教員の「千と千尋の神隠しを読み解く講座」、体育科教員の「体力トレーニング講座」、英語科教員の「洋楽から学ぶ英語講座」なども2019年度に開催されました。(私も図書館司書の方とコラボして自己分析を行う「進路発見講座」を開催させて頂きました。)
こういった企画は、生徒がとてつもない勢いで成長していくのが手にとるようにわかります。同時に、企画を作る側も多くのことを学びます。主催した生徒も大きく成長し、自分自身と見つめ合う機会や、多くの人の協力で何事も成り立つことを学ぶ機会となっているようです。
上記のゲストの方々も主催生徒の想いを形にするために、優しくあたたかい眼差しで見守ってくださいました。
私も、生徒が単に「教育を受ける顧客側」ではなく「場を作る側」になって欲しいと長年思っていました。そのビジョンに合うような企画をきちんと形にすることができたので、この上ない喜びとなりました。
生徒を巻き込むと、とてつもなく面白いものができると実感し、多くのことを学ぶことができました。
不安を抱きながらも本気でチャレンジした生徒に伴走できたことは、本当に良い経験となりました。
職場の先生方もこれらの企画の運営や広報、サポート、アドバイスなど様々な面で協力をしてくれています。
まだまだ課題も多いですが、価値ある活動と信じてこれからも改善を重ねていきたいと思います。
これらの活動を通じて、「学校教育にはまだまだ可能性がある」と強く感じる機会となりました。関わってくださった方々に感謝し、次に繋げていきたいと思います。
逸見 峻介(埼玉県高校教諭)
1988年 埼玉県秩父市生まれ。東京学芸大学大学院教育学研究科を修了した後、埼玉県の公立高校教員(地理歴史)へ。場づくりとコミュニケーションの専門家育成プログラムである青山学院大学ワークショップデザイナー育成講座修了生(27期)。「人間っていいな!面白いな!」と思える人を増やすことを目指し、日々必死に生きている。教育を中心とした場づくりに関心があり、学校の中と外で活動するパラレルワーカーとしてチャレンジを重ねている。勤務校では「生徒が主催者となる放課後セミナー」の企画運営を担当、学校外では高校生・大学生・大人(教員・民間企業・NPO)などとコラボして一緒に場づくりを行っている。「教育×パラレルキャリア」・「大人の歴史講座」ページ主催。「Open Education」をライフワークとしてスタート。