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2024年度連載企画「未来の先生インタビュー」:大畑先生に聞く~主権者教育の充実のために必要なこと~
現役教師のリアルを深堀りする企画「未来の先生インタビュー」。2024年第3弾は、大学卒業後、半年間アジアを旅したことで得た原体験を心に、「主権者教育」のトップランナーとして、現在はドルトン東京学園で実践的な公共の授業に注力している大畑方人にお話しを伺った。
現在、大畑先生はドルトン東京学園で、生徒が「平和で民主的な社会の形成者として自分自身の価値判断ができるようにする」ための主権者教育を行っている。ここでは、大畑先生がなぜそのような教育を志し、実践するようになったのか、原体験や主権者教育に対する思い、そして主権者教育の過去、現在、未来についてどう考えているのかについて、アンポータリズムエデュケーション編集部の大学生ライターが追った。
<大畑先生の教育の原体験>
大畑先生に取材をするにあたって、プロフィールや過去の記事を拝見した。その中で、特に気になったアジアでの旅について伺った。
Q.プロフィールで、大学卒業後、半年間アジアを旅したと拝見しました。そのことから、その後の教育観に影響があるような印象的な出来事はありましたか。
「旅に出た背景としては、大学生の時に、ノンフィクションライターの沢木耕太郎の『深夜特急』を読んで、若いうちに馬鹿な旅をしたいなと思って。大学卒業後に半年間、旅に出たんですね。最初に、台湾に行き、香港、中国大陸、ベトナム、カンボジア、タイ、ラオス、インド…。それぞれ1ヶ月くらい旅しました。
その間に、教育観に影響を与えた出来事としては、カンボジアでの経験ですね。首都プノンペンに行ったとき、同じ日本人旅行客に「社会科教員を目指すなら、あの場所に訪れた方がいい」と言われて。行ってみるとそこは、スワイパーと呼ばれる売春村でした。まだ幼い女の子たちや外国から連れてこられた子供もいましたね。その時に一番ショックだったのは、僕を取り囲む女の子たちがあまりにも笑顔だったことです。自分が性の奴隷になっていることを認識していない。何も恥ずかしさや虐げられているという感覚がない。その笑顔を見たときに、脚が震えて逃げるようにその場を立ち去りました。
その体験が、半年間の旅の中で印象深い出来事でした。貧しい国で起きている現実を目の当たりにしたとき、自分に何ができるかを考えて、国際貢献として直接的に支援する仕事に就くことも考えました。けれど、自分自身もそうであったように、今の日本の若者はこの現実を知らないと痛感して、この現実を日本の中高生に伝えようと思いました。世界の現実を日本の中高生に伝え、考えてもらうことで、巡り巡って悲惨な現実を変える一助になるのではないかと。これが、僕が教師を志した原体験です。」
Q.そのような原体験から、模擬選挙といった主権者教育を行おうと思ったきっかけは何でしょうか。
「2016年に選挙権が18歳に引き下げられ、日本の教育界でも、主権者教育の必要性が叫ばれるようになりました。まず、投票行動を促す意味での主権者教育は狭義の主権者教育です。広義の主権者教育というのは、民主主義の担い手を育てる、という意味です。
最初に、私が狭義の主権者教育に力を注ぎたいと思ったのは、教師になった2003年当時の政治体制に疑問を持ったからです。当時の政権は、国民の支持率は高かったものの、人物像で政治が動くことに違和感を感じて。政策を冷静に吟味する力を高校生から身に付けさせたい、との考えが背景にあります。
一方で、広義の主権者教育は、民主主義の担い手を育てることです。そう考えると、広義の主権者教育というのは教育の目的そのものだと思います。それは、公民科の教師だけでなく、学校教育全体で取り組むべきものであり、私は教員としての存在意義そのものであると考えます。」
<主権者教育の今>
主権者教育、特に模擬選挙などは、政治的中立性の観点から、実現が難しい面もあると聞いた。実際、筆者が高校生のときも、政党の比較など踏み込んだ政治についての学習はしなかった。そこで、大畑先生に、主権者教育の今について伺った。
Q.これまでの授業では、政治的中立性などから模擬投票といった主権者教育が行き届かないこともあると思いますが、そのような現状についてどうお考えでしょうか。
「一言でいうと、我々教員の怠慢だなと思います。今の公共の教科書では、模擬投票が取り上げられているものが多いです 。特に、2022年度に現代社会が公共にリニューアルされたとき、より主体的に社会に参加する力の育成を重視されるようになりました。にもかかわらず、模擬投票や模擬裁判といった生徒に体験的に実践的な力を身に着けさせることをしないのは、教員の怠慢以外何ものでもないと思います。
政治的中立性は、もちろん重要です。しかし、この『政治的中立性』という言葉は、教員を思考停止に陥らせるマジックワードだとも思います。この言葉で、中立を保つのが難しいから、リアルな政治は扱わなくてよい、といった免罪符のようになってしまっている。
また、模擬投票といった教育が行われない理由としては、教師が主観的なことをいうリスクやクレームが来ることを避けるため、また、主観的な意見にならないよう多様な教材を準備することの手間、そして受験のための知識暗記を優先することがあると思います。これらで、模擬投票といった教育活動が十分に広まっていないんだと思います。
政治的中立性を保った主権者教育を行う上で、私が重視しているのはSVOです。SはSelfの頭文字で、生徒が自分自身で取り組め、教師の主観が入らないということ。VはVarietyの頭文字で、多種多様な教材を用いること。OはOutsideの頭文字で、外部組織との連携。ここで、議員さんを呼ぶときも、Varietyの考え方で、いろいろな政党からお呼びしたりしています。」
<主権者教育の未来>
では、実践的な主権者教育が十分に行われるために、現場はどのように変わるべきなのであろうか。
Q.模擬投票といった実践的な主権者教育が行われるために、現場やその他変わるべきところは何でしょうか。
「何か決定打があるわけではないかもしれませんが、現場の教員の意識改革が必要です。公民科の教師だけでなく、管理職の教員が、現実の政治を扱うことに過敏に反応している。政治を授業で扱おうとすると、外部からのクレームに備えてストッパーがかかることがある。だから、現場では、教員の意識改革が必要だと思います。
あと、現場が変わるためには、学校以外も変わらないといけない。政治教育が盛んなドイツだと、政治教育の教材を準備する外部組織があって、中立性を担保した教材が提供される。このような外部組織が日本にもできると、中立性を担保しながらリアルな政治を扱う授業ができるのではないかと思います。」
最後に、これからの教育で必要なことを伺った。
Q.これからの教育で一番必要なこと、とは何でしょうか。
「情報が洪水のように流れてくるこんな時代だからこそ、ひとつひとつの事柄に立ち止まって熟慮し、対話し、行動することだと思います。身近なところだと、最近ブラック校則がクローズアップされていますが、みんなで校則や生徒会予算について考えるなど、形式的な生徒総会じゃなくて民主主義を学んで行動できるはずです。更に一歩、外に出て、署名活動やデモ運動に参加することを通じて視野を広げること。このようなことが生徒には必要だし、学校や教員はそのような情報を生徒に伝えることが必要だと思っています。」
大畑先生は、行動については自分もまだまだだとおっしゃっていた。生徒や授業が変わるには、まず私たち大人が変わる必要がある。そう痛感した取材となった。
[編集後記]
今回の取材では、主権者教育の今と未来について取材した。私は、十八歳で選挙権を得たとき、政治の在り方や選挙で何を基準に選ぶのかわからず、困惑したことを覚えている。その経験から、社会科の教員を目指した。そして今回、大畑先生のお話を伺って、大畑先生の授業は私が高校生のときに受けたかった公民の授業そのものである、と感じた。今の子どもたち、そして私たち大人も、あふれかえる情報の中で生き、判断力と実践力、そして主体性が必要であると考える。そのような時代で、よりよい世界をつくっていく次の担い手を育てる教師として、すべきことは何であるか。大畑先生の思いを胸に、これからも教師としてできる主権者教育を考えていきたい。